wicca ~cle-cle-miracle~

「おふくろが、新しい呪文覚えたって喜んでた」
「呪文!? いきなりどうしたの」

命を懸けた出産と華々しい結婚式と。なんだかんだと慌ただしく過ぎる日々で、ココが休息の時間を少しでも多く持てるようにと、里帰りの日数を伸ばすよう申し出たのは卓のほうだった。結果、卓が人間界と魔界とを足繁く往復する日々が続いており、その道中でつい先ほど見かけてきた光景を伝えると、案の定ココは興味津々で食いついてきた

「なんか、親子揃って魔法を教わってるらしい。ここんとこ、物騒なことが続いてるからな……。気分転換にもなって、いいのかも」

愛良の修行再開ついでに、母も自衛手段のひとつとして魔法修行を勧められ、さっそく今日からスタートしたのだという
父は母が絡むと最恐だし、妹は強いし、自分もそれなりに動けるし、ついでに言うと母本人も意外と強い。それでも、目的が不明な輩につけ狙われている気配が常にあるというのは、精神的にくるものがあるだろう。気分転換の一環と口にしてみてから気づいたが、そのあたりのフォローも踏まえての王の采配だったのかもしれない

「え~、メヴィウスのところでやってるのよね? 楽しそう。ねねのお散歩も兼ねて、見に行ってみようかしら」
「いいんじゃね? ギャラリーが多いほうが燃えるだろ、ふたりとも」

ココの暮らす城に真っ直ぐ向かわず、わざわざその修行の場を見物しに行ったのはたしかに、何か土産話になるようなネタがありそうだという期待があってのことだったが、母と目が合うなり全身の動きを封じられたのにはなかなか閉口した。いや、面白いのは面白いのだが、せめて両手の荷物を先に下ろさせるくらいの配慮が欲しかった……。そしてその前に同じ術をかけられたという愛良は、それで物理的に殴ったほうが早いんじゃないかと思われる分厚い書物の山に囲まれ、こちらを見ながらゲラゲラ笑っていた(そしてメヴィウスに怒られた)
とりあえず、『行ってからのお楽しみ』を少しでも増やすべく、母の呪文の詳細については伏せておいた。いくらなんでも、ねねを抱えたココに対していきなり呪文を唱えてくるような真似はしないとは思うが、くれぐれもねねを安全に寝かせてから、あるいはお付きの者に引き渡してから。それを今日のうちに愛良に厳命しておかねばなるまい

「そういえば、わたしもそれなりに修行っぽいことはしたけど、呪文なんて教えてもらってないわ……。やりたいことと、その結果のイメージを強く念じるんですとだけ言われて」
「まあ、そんな感じだったな」
「たまにこっそり魔法書をひっぱり出してきて、おもしろそうな呪文を見つけたら唱えたりはしたけど」

そんな書物がすぐ近くに控えているような環境ではなかったので、そこはその是非も含めて触れないでおくとして
基本的に卓も、能力をコントロールする方法はなんとなく教えてもらったが、これといった呪文を伝授されたことはない。むしろ、覚えるなとまで言われた記憶がある。父が、ちちんぷいぷいだのエロイムエッサイムだのと唱える姿ははなから想像できないし、そもそも能力を使ったこと自体があまりないのだが、少なくとも、呪文らしきものを唱える場面はいちども目にしたことがなかった

「昔、親父から言われたけどな。下手に呪文使ったりすると、効果が強く出すぎるからって。多分ココもそうなんだろ、きっと」
「えっ。なにそれ、初耳!」

魔法はすなわち、そこにない想像の産物を具現化することであり、呪文はその想像の一助となるものだという
愛良の場合は、能力が強大過ぎてコントロールがブレ気味なのと、ゆくゆくは魔界を支える大魔女の一角として最上級魔法を扱う前提でいるため、呪文および修行が必要と聞いていた。逆に言えば、そういうわけでもない限り、また、大抵のことは念じるだけでできてしまう現状において、大抵のこと以下の呪文はあらかた不要ということになる

「あっ……そういうことなのね……知らなかったわ……。じゃああれ、実は危なかったのかしら」
「は? あれって……なに」

と、何かを思い出したようにココは肩を竦めた。長年の観測記録からして間違いない、ココがこんな仕草をするときは、八割がた、斜め上のことをやらかしたあるいは考えているときだ。そしてその詳細を訊き出すにもそれなりの覚悟が必要となる。卓は抱き上げていたねねをさりげなくベビーベッドに戻した

「あっちの家に引っ越してすぐくらいね……コンロを点けようとして、お鍋で両手が塞がってたから、なんとなくファイアって唱えてみたら、火がブワって……」
「おい!」
「あ、つまみガチャガチャしたら普通に消えたから大丈夫。魔法も文明の利器には勝てないのねえ」
「勝ち負けとかそういうことじゃなくてだな……文明の利器を正しく使ってくれ……」

あのころちょうどハマってたのよね と、当時ふたりでハマっていたゲームタイトルを挙げながらココは呑気に笑う。対して卓は、言いようのない脱力感にとらわれていた。ゲームと同じファンタジーの世界の住人のような自分が言うのも何だが、ここはあえて言いたい。機器はしかるべき手順で正しく使え。火で遊ぶな。普段は真面目で几帳面なのに、なぜ突然そんなとんでもない方向に箍が外れてしまうのか

「とはいえ、借り物の呪文なのに意外とうまく使えちゃうものだわね。フレアだったら大変なことになってたのかしら」
「借り物の家が爆発したらどうすんだよ、絶対やるなよ」

ナンバリングによっては火属性ではなく無属性の呪文だから、効力は減少するのか? と一瞬思いかけたが、そういうことではない

まだ自分が被扶養者であったころ。真壁家の子供ふたりの躾やら教育やらの方針について、メインは母が主導であり、父が口を出してくることは少なかった。しかし魔法についてだけは別で、おなじ万能選手だからというだけなのかもしれないが、大まかながら道を示したのは父だった。じゃあこれから作り上げていく真壁家の場合はどうかというと、親の立場である自分たちはふたりそろって万能選手だ
やっぱり肩を竦めている(そして心なしか目が爛々としているような気がする)ココの心境とシンクロしているのか、ねねもにこにこご機嫌でこちらを眺めている。その能力のほどはまだ未知数だが、少なくとも、魔法の教育方針については、自分が一手に引き受けよう。そう卓は心に強く誓った